9.26.2011

木を切る人

何年も何年もかけて太陽の光を求めて高くなり、水を吸い上げては太くなった大木の幹がミシミシーッと大きな地響きと裂けるような悲鳴を上げて横たわります。長年培ってきた歴史からすればあまりにもあっけない最後を見届ける事になります。切捨間伐にしろ、利用間伐にしろ、支障木伐採にしろ用途はいろいろですが切るべき木はどんだけでもある!と言ってもいいくらいに乱立しているのが森林の現状。ただ「切るべき木」とは人間が数十年前に人工的に森を伐採し植林したためにそうしなければならないと言うのが正解です。一本単位で考えるとここまで育った木を切るに値する理由はすぐに見当たらないと言うのが感情的な見解でしょうか。それでも毎日バサバサと木は切り倒されていきます。山の為に木を切り倒していきます。それが山師のお仕事です。仕事である以上お金の為ですが、山の為、地球の為と理由づけられるこの行為はすぐに結果がでる作業ではありません。労務の中で数十年後を描くのは容易では無い分、日々のお金を稼ぎながらもできる限りの知識と技術を身につけながらちょっとづつちょっとづつ森を変えていくのです。今日切り倒された直径70cmのヒノキ。年輪は108つを数えました。あっけない最後が何かの始まりを意味しています。そんなお仕事です。

9.16.2011

白菜×120株植えました。
自転車しか乗れないばーちゃんは苗を山の上にある畑まで運ぶだけでも家から3往復しないといけません。孫の帰りを待っていたようです。ばーちゃんを助手席に乗せて軽トラで畑に着くと、後は植えるだけと言わんばかりの奇麗なウネ。「今晩から雨降るよってに今植えると根ぇがつきやすいで助かるわぁー」。地道に確実なモノ作りをしています。段取りと心意気が美しいです。冬の鍋に白菜が入るのがこんなに微笑ましいことやったとは・・・。ばーちゃんを見とると、ボチボチさと丁寧さと謙虚さがなんとも言えないです。

9.07.2011

ラスタの足跡

小さなお家を載せたリヤカーを轢く旅人を国道で発見したのは10日ほど前の事。トタン屋根の動く小屋にボッサボサのドレッド頭にガンジャ柄のシャツ。年齢不詳ラスタの名前は”ROOTS MAN 究(きわむ)”。分かりやすすぎます。台風も近いし、どー考えても面白そうなので困ったら連絡しなーとだけ言って住所と番号を渡しておきました。 その後音沙汰も無くそんな出来事すら忘れかけていた昨夜の事です。家を空けた間に母親から電話があり、「東京からあんたの友達が来たよー」と言う。まさかと思い一旦家に戻るとROOTS MANが親父と酒を酌み交わしている始末。彼を連れて友人宅のバースディパーティーに参加しました。旅人はおもしろい事への嗅覚がずば抜けています。それで生きています。そんな旅する風と出会えた事、通り道として自分たちの日常とリンクした事が嬉しく、また自分がお世話になった人たちへ出来る唯一の恩返しだと思ってつい招いてしまいます。お世話になったあの人が言っていました。「旅で自分が世話になった人に恩返しはできなくても、自分ができる事を今度はしてあげればそれが恩を返す事になり、旅の巡りになるんだ。」 今朝、旅の自由を邪魔したくなかったので「今晩も泊ってくならテキトーにしてええよ」とだけ言って彼を部屋に残し仕事に行きました。そしてさきほど帰宅したらダンボール片に残されていた彼のメッセージ。二十歳のラスタは経ったようです。ニクすぎる足跡を残して。 よい旅を。